コロナが始まり政治家が『科学に従え』と言う度、やっぱりまだこの世界には科学なんて存在してなかったんだと再確認したSF愛好家の僕です。

ドットコムバブル以降21世紀になって政治、メディア、似非科学が結びついて世界の利益を牽引してきた。それっぽい専門用語を羅列した誰も理解できない(それが目的?)のデータをこしらえ、メディアでもっともらしい事を宣伝し世論とやらを形成し政治家がそれ用の法律を作り、改定し政府からの発注、補助金をふんだくる。これが現代で最も儲かるビジネスモデルだ。そこには完全に肯定は出来ないけど物事には100%ないよね、というエクスキューズ付きの科学論文が有効である。文系の役人がわからない数字がたくさん書いてあれば尚よい。

いつか科学の逆襲を食らう人もいるだろう。蒔いた種は刈り取らねばならない。

さて、

https://diamond.jp/articles/-/284634

このような記事があった。別にこの記事に限らず英語圏のメディアでもいくつも出ているし、このような論文は枚挙に暇がなくなってきている。

マスクによって表情から得る情報が隠されている

ざっとこの記事の内容を僕なりに要約すると幼児期に周りの人間がマスクをする事により知能の低下がみられたり、将来的に顔色から人の感情を読み取ることが苦手な子供に育つという懸念だ。たしかにそのように思う。ひと昔前ではニット帽にサングラスをしてマスクをしていたら完全にやばい人だったが今ではそれも許容範囲だ。ハリウッドの逃亡者映画の主人公なら天国のような世界なのかもしれない。極悪人が顔を伏せて歩きたいのはそれだけ顔に悪いことを考えているという情報が出ているという本能的な反応である。目は口ほどに物を言う箴言は言い得て妙なのである。たしかに繁華街を歩いていると近くに寄るまでやばい人っぽいというのに気がつかない事が多くなった。電車の中大声で怨嗟を撒き散らすやばい人もちゃんとマスクしてて偉いなぁと思った事もある。

マスク越しに人の感情や思いを読み解くのはかなり難しいように思う。目を見れば、と思うがそもそも日本人は目を合わせて話す人は少ない。

マスク文化の中で育つ子供達が学びの機会を失い、環境から得る知識を失っているのは間違いないだろう。代わりに得るものなんてNetflixしかないが乳幼児にはまだ早い。生まれたばかりの子供にとって何よりの学びは母親の体温であり、父親の言葉であり、祖父母、兄弟達の慈しみと様々な温もりなのである。

政府の言う事を真に受けるならば乳幼児はそれから分断されて大きくなり、マスク越しの人間にしか出会わない。以前の世界の子供達に比べたらなんて可哀想なんだと悲観的な意見があるのももっともだ。ぼくも早くこんな似非科学的な施作は終わればいいと思う。

とはいえロシアのウクライナ侵攻という新たな脅威や各地で大きな選挙のある時期に差し掛かっているので流石にそろそろ出口が見えそうな気がする。ではこの2年ほどに生まれた子供だけがこの不幸なカルマを背負って生きていくのだろうか?

僕はこれからもこの傾向が深くなっていくと思う。この傾向とは永遠に人々がマスクをして過ごすという意味ではない。表情や仕草からコミュニケーションに必要な情報を獲れないという傾向だ。

見た目の情報が役に立たない社会 〜 マスカレード・コミュニティー 〜

ファミコンが流行り始めた頃から子供達が外で友達と遊ばなくなって人付き合いが下手になっていく、なんて事が言われ始めていたと記憶している。そしてゲームが進化し、今では一人一台スマホを持っているような時代だ。核家族化はさらに進み、人と触れ合うよりスマホと触れ合い、人とのコミュニケーションもできればオンラインで済ませたい。人がいるレジより出来るだけ人とコミュニケーションが必要ないセルフのレジを使う。もうコミュ障がデフォルトの時代だ。

インスタの画像は綺麗に加工されてどれも見目麗しい。おそらくこれから動画もリアルタイムでフォトショップ加工のような完成度の高い処理が出来るようになる。なんならメタバースのような仮装空間に入ってしまえば始めから完璧な容姿のアバターでコミュニケーションが行える。どのような口調、仕草が人にいい印象を与えるか社会心理学が進歩し、自動的に最適な声色や仕草を行う。少し時間はかかるがリアルの世界にもアバターを着る、みたいなものが出来るだろう。

こんな天国のような世界の到来を心待ちにしている若者も多いのではないか? しかし、そうは問屋が卸さない。技術的には近い将来達成されるだろう。問題は人間の方にある。どんなに最適なコミュニケーション方法をとったところで中身は今スマホを眺めて惚けている人間なのである。スマホで何を見ているか? それを見て何を考えているか? おそらく口に出すのもはばかられるような恥ずかしい妄想や考えがほとんどを占めているはずだ。人間の欲望は変わらない。21世紀になって人間の徳を積んで詐欺のような犯罪が減ったという話は聞かない。むしろ詐欺すれすれのビジネスこそが一番儲かる。投資やなんやらetc。

つまり、人類はより精巧で完璧な仮面をつけてコミュニケーションを行うようになるという事だ。マスカレードコミュニティの中ではAIによって選択された最適な容姿、表情、仕草、声色で完璧なコミュニケーションを行うだろう。しかし、そのコミュニティの中では口先だけの弁説で相手のマウントを取り自分に都合よく話を進めようとし、口八丁で意中の異性(このコミュニティの場合中身が異性とは限らないが)を口説こうとする。さらにはお金や物(価値のあるもの)を奪おうとする。今僕たちの現実で起こっている事がそのままマスカレードコミュニティの中で起こるだろう。何せ人類が月に旅行行く時代になってもやっている事はエロと戦争、蔓延るのは欺瞞であって数百年前とたいした進歩はないのである。

少し話を戻そう。コロナ禍のマスク義務はこのマスカレードコミュニティの先駆けと言えるのではないかと考えるのである。このようなコミュニティでは人の表情や仕草からその人の感情や思いを推し量る事はできない。いや、逆にそこから何かを判断する事は命取りになるのだ。今目の前にある現象は全て作られたもの(隠された)であるのだ。もう金のネックレスと変なスーツを着て歌舞伎町の喫茶店で話を聞いてくれる明らかな悪者は存在しない。

ニュータイプ化する人類

しかし、それは困った。いくら美しい顔で好意的に話し掛けてくれるキャラがいても中身は僕たちと同じクソ野郎なのだ。最適なコミュニケーション手段をもってはいるが社会が危険な事に違いはない。そんな危険な文化は廃れるのだろうか? その可能性も否定はできないが100年近いこのトレンドはそのまま進むのではないかと思う。

このような社会において人間が適応する道は一つしかない。

目に見える世界の向こうを感知する能力、目に見えない物をみる能力を発達させる事である。

それはわかりやすく言えばガンダムのニュータイプの世界だ。「このざらつく感じ、なんて言うの、、」これが理由になる世界。

瞬時にして物事の本質を感じる能力である。これは誰しももっている能力であると思うが現在ではそんな不確かなものに従うのは悪とされ、社会的にも閉ざされている能力である。目に見えるものから得る情報が役に立たないのであれば、このように勘が鋭いものだけが共食いのようなマスカレードコミュニティの争いに生き残るはずだ。そして生き残ったものが新たな文明を生み出す。宇宙空間で過ごすようになれば時空を超える必要が出てきて、何らかのガジェットと組み合わせ何光年先の人類と共感するようになるかもしれない。

未来予想 〜 視覚過敏文化の終焉 ~

ここで大胆な未来予想でもしてみよう。いかなる予想も競馬場の予想屋の予想くらいあてにならないものだと理解してもらいたい。現在のインスタジェニックな視覚過敏な文化は15年後くらいから廃れ始めるだろう。いかにも胡散臭いハイテンションで喋り散らかすだけのYouTuberのような存在も同様。奥に潜むザラついた悪意を感じとられてしまうからだ。広告は言葉巧みに誘導するものからユーザーの神経を疲れさせないように真摯にありのままを見せる事が正攻法となる。そしてその頃からサイコミュのようなガジェットの実用化が本格的になるだろう。

悪意を屁理屈と偽善で隠す政治家や利権屋が消えてなくなるにはもう少し時間がかかる。急ぎすぎは禁物。エリートたちのやる事はいつも過激で急ぎすぎる(どこかのニュータイプが言ってたな、、)。世界は変わる。それでも人間は相も変わらず愚かで愛しい人間をやっているだろう。

 

確かにマスク社会で育った子供たちは僕たちからみたら色んな部分で劣っているように見えるかもしれない。しかし、僕たちの目に見えないところで子供たちは世界に適応し僕たちにない能力を発達させ進化の道を歩んでいく。親が子供たちの社会を完全に理解出来るようになったらそれこそ人類の終わりは近い。

だからどんな社会も悲観する事なかれ。人類はかつてもっと脆弱でもっと過酷な世界に適応し生き抜いてきた。僕たちが子供たちに出来るのは目に見えない真実の愛を注ぎ続ける事しかない。ダーウィンの進化論を信じるなら猿の時代から先祖がずっとやってきた事だ。きっと僕たちにも出来るはず。僕たち大人は真実の心を鍛えておかないといけない。

 

 

読んでくれてありがとう。

僕はこう思う。

Taiyo Haze

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