いろんな事があって落ち込む事もあったけれど、久しぶりの更新です。

さて、今日は音楽ファンではたまに話題になる、今と昔どっちのギタリストが上手いの? って話です。

まぁ、この事に限らず世の中に存在するジェネレーションジレンマってやつですね。野球の世界では顕著にありますねw 年をとると自分の若い頃はすごかったと言いたいし、若い人間は古臭いやり方を否定したいものです。逆に若い人を賛美する事で自分がリベラルである事をアピールしたい年寄りや過去に憧れる若者もいます。それはいい事でも悪い事でもなく、どこかに答えがある類のものでもない気がします。ただ人間ってそういうものなんです。答えがないから延々とこの手の議論は繰り返され、度々メディアで取り上げられます。暇つぶしにはもってこいw

普段はこの手の議論はどうでもいいからスルーするのですが、YouTubeで現代的なレベルではEric Claptonが上手くないという事を言ってて少しカチンwときたので少し考えてみました。すると色々な音楽とミュージシャンの側面が見えてとても有意義なものだと思ったのでここで考察してみたいと思います。

そもそもギターの技術とは何?

まず考えなければいけないのはギターにおける上手い下手ってどういう事? という事です。つまり僕たちが上手い下手という時に意味している事はなんなのか? という事を明確にしなければいけません。これが意外にも皆曖昧です。僕も中学の頃はなぜかGLAYが上手くてXJAPANが神のテクニックを持つものだけが演奏出来ると思っていましたw この話皆には内緒だかんなw

別にGLAYやXJAPANを否定するわけではありませんが、今となっては彼らのテクニックはてへぺろ、な感じですよね。でも今でもSilent Jealousy を聞いたら滾るものを感じるし、Belovedはいい曲だなぁ、と思います。逆にYoshikiより上手いドラムを叩くセミプロなんて山のようにいますが、Yoshiki以外のドラムのSilent jealousyは何か違う楽曲になってしまいます。要するに楽曲の良し悪しとテクニックは関係ないという事なのです。僕が中学の頃はいい楽曲と上手い演奏がごっちゃになっていたわけです。ミュージシャン、アーティストとしては目指すべきは前者だと思うのですが、世間一般のミュージシャンはテクニック追い求めます。ミュージシャンの言うテクニックは以下のようであると思います。

1、譜面通り(テンポも含む)正確に指が動く(譜面的にきっちり表せる)

2、より複雑に指が動く(複雑なコードを知っている)

3、早く指が動く

ギタリスト界隈で言うテクニックはこの3つに集約されます。また独特なプレースタイルは上手いという評価の対象外になるようです。例えばオープンチューニングと指で弾くデレク・トラックスは素晴らしいギタリストですが上手いギタリストの範疇で語られる事はありません。またギタリストがテクニックを話す時ジャンル特有の匂い的なものも対象外であるように思います。例えばブラックっぽいカッティングなのか、ポップスなバッキングなのかの違いのようなものです。

上手い下手を追求していくとどんどん一般の音楽愛好家と感覚がどんどんずれていくような気もします。一番上手い演奏家が一番良い音楽家というわけではないというのは演奏家も皆知っています。つまり、テクニックはいい音楽家になる為の道具ではなく、いい演奏家になる為の道具なのです。音楽家と演奏家は互いに重なる部分もありますが厳然たる違いがあります。芸術家と職人のような違いです。ギタリストはすべからく音楽家の演奏に憧れてギターを取ったはずです。ビートルズ、ストーンズ、クイーン、ピンク・フロイド、グレイ、XJAPAN、etc彼らはプレイヤーというより音楽家の集団です。

でも、ギタリストは上記のようなテクニックに憧れています。プレイヤーは誰しも演奏家は人を感動させる音楽家になりたいと思っています。なぜこのようなテクニック信仰にギタリストをはじめ楽器のプレイヤーは陥るのでしょうか? それは上記の3つの能力が秀でている事で何が出来るのかを考察する事でヒントを掴めます。

この3つの能力はスタジオで譜面を渡されて如何に短時間でその曲を弾きこなすかの能力に直結します。僕たちが追い求めているのはスタジオミュージシャンのスキルの事とほぼ同義なのです。テクニックがある、なし、というのはスタジオの仕事をこなせるか、という事です。

これは80年代以降のポップス、CD全盛時代の名残でしょう。その為、80年以前の音楽にはこのテクニックという尺度はあまり当てはまりません。代表的なものがブルースです。ブルースのジャンルには基本上手いブルースギターというものは存在しません。上手いよりも、いいブルースの方が重視されるからです。音楽的にもほとんど楽譜が必要ない音楽ジャンルであるという事もテクニックで語ることができない一因です。アドリブ中心の様式ですがジャズほど複雑なコードが出てこないので譜面はさほど重要ではありません。レジェンドのプレイを譜面に書き起こしても全くとは言いませんが、ポップス系のプレイを書き起こすほど大きな意味は望めません。

また今のレコーディングではクリックを聞いて演奏するのが一般的ですが、70年代前半くらいでは一般的ではありませんでした。クリックは音楽産業が全盛時代に手っ取り早く楽曲を合理的にレコーディングする為に生み出されてた手法です。70年代のロックのように揺らぎがあるリズムでレコーディングしようとすると膨大なリハーサルの時間(バンドをまとめるという作業)がかかります。そこで機械的な基準に沿ってレコーディングしていれば、後からそのクリックに合わせて別個に録音する事も、やった事ないバンドとも合わせやすくなります。こういう背景で生まれたのがクリックに合わせるという技術です。昔からアナログのメトロノームはありましたが、ドラムがそれを聴きながら演奏するのは不可能でした。音は聞こえないし、レコーディングの場合マイクに音がのってしまいます。ちなみに日本初のドンカマは1963年の現KORGから発売されています。バブルの頃の携帯電話を思わせる巨大な筐体ですw ご参考に

僕たちの言うテクニックとは80年代頃生まれたスタジオワークをこなす為の技術と言う事なのです。

今と昔のギタリスト

さて、ここで初めの問いに立ち返りましょう。「今と昔どっちのギタリストが上手いの?」という事でした。

80年代以前のギタリストは同じステージにあげるのはどうかな、と思います。そもそも彼らがいうテクニックと僕らが言うテクニックの意味合いが違っていました。Whoのキース・ムーンは上手いのか、というとすごいんです。時代、ジャンルによってテクニックの意味自体も変わってくるという事を念頭に置かなければいけません。もちろん70年代のギタリストも80年代以降を生きていますから僕たちの言うテクニックを身につけています。でも、何か匂いが違うのが70年代のギタリストです。80年代以降のギタリストは良くも悪くも現代のギターと大きな違いはありません。ギターの演奏形態が成熟し綺麗な型にはまった感じという印象です。

この問いに関する答えなのですが、一番上手い、超絶技巧の世界の一部のギタリストは今も昔も変わりはないでしょう。アコースティック系のギターをジャンゴラインハルトより早く弾いたりするのは人間の指では難しいと思います。ヘヴィーメタルのような早弾きは存在しませんでしたが、ディープ・パープルのハイウェイスターをそこまで深いディストーションでなくあそこまで綺麗にリッチー・ブラックモアが弾いているのを聞くと現代の早弾きギタリストと遜色はないと言っていいでしょう。スイープなどの技術もジャズギタリストではやっている人がいて、歪ませればメタルの早弾きになります。指を早く動かすことにおいては当時から限界近くまで行っていたと思います。なんならパガニーニで十分でしょう。

それでは一部のトッププレイヤーではなくその時代の平均レベル、という視点ではどうでしょうか? 今の方がレベルが高いという人は今の方が情報が多くて効率的な練習が出来るから今の方がレベルが高いと思っている人でしょう。確かにその通りです。今ではミュージシャン一人一台DAWセットがあってもおかしくない時代です。昔はマルチチャンネル録音をするには巨大な設備が必要でした。MTR時代になっても今ほど自由に練習トラックを作成したり、録音して自分の演奏を聞くということができませんでした。確かにこの意見には一理あると思います。

逆に昔の方がうまかったと言う人は、昔の人の方がのめり込み具合がすごかった、という類のものでしょう。確かに今の若者に比べスマホもSNSもなくギター以外の娯楽が何もなかった時代です。時間という時間を全てギターに捧げていた人も多かったようです。昔70年代を生き抜いたギターの先生に「1日何時間練習してる?」と聞かれた事があって「6〜8時間」と僕は答えました。「少な。そんなんじゃあ全然上達しないよ」と言われ驚愕しました。ジミヘンがトイレでもギター弾いていた話は有名ですが(これは日本の便所事情では無理だ。それに匂いが気になるから僕はおすすめしない)、多くのギタリストはそれくらいしていたみたいです。おそらく今の若者の1.5倍くらいは練習していたのではないでしょうか。先生の信じられないくらい磨り減ったストラトのピックアップカバーを見れば納得しました。しかも一本じゃないw しかし、昔は自己流で闇雲にやっていた人も多く、努力のベクトルを間違って消えていったギタリストも多くいたように聞きます。

これは僕の感想ですが、僕が青春を過ごした21世紀初頭よりは今の方がレベルが高いと思います。70年代、80年代はギタリスト人口自体が多かったので今より上手い人も多かったと思います。また、当時は現代のように録音した音源を加工修正することが不可能だったのでシビアな録音が出来る人は多かった。トッププロレベルのプレイヤーの数は80年代がピークでしょう。しかし、田舎に住んでいたギタリストなどは情報がなく技術の向上は難しかったと思います。アマチュアレベルの平均点は今より低いでしょう。一方現代はスタジオミュージシャンという仕事がほとんどなくなり、自宅で録音するスタイルも増えてますのでシビアな録音で鍛えられる場が少なくなっていると思います。もちろん上手い人は上手いですが、パイが減っているのでいいギタリストも育ちにくい現状です。情報をいくらでも取ることができますが、他のことに使う時間も増えています。下手でもないが突き抜けてもない、弾いてみた的な普通な人が増えている印象です。

まとめますと、トップのレベルは変わらない。アマチュアの平均点は今の方が上。ということでしょう。

これからのテクニック

しかし、プレイヤーとして大事なのは人を感動させる演奏です。超絶技巧でサーカスのように楽しませるというギタリストの生き方もあります。しかし、それは100mを10秒で走る、というような肉体的な才能に左右される世界です。しかも現代的に言えば早弾きはインスタ映えしないので、何かオタク的です。やはり正攻法でビートルズやクイーンのような感動を与えるギタリストを目指すのが本筋でしょう。そのためには自分を表現するためのテクニックという側面が必要です。ボブディラン が詩を書くためにはまず自分が何を言いたいのか深く知らなければいけない、と記していました。同じようにギタリストも何を表現したいのか、自分は何なのかに気づく作業が必要です。お仕事の為になんでも弾ける職人、というスタンスもありでしょう。しかし、現状純粋なスタジオミュージシャンは日本全体で100人いれば足りると思います。バンドのミュージシャンもいますしね。ギタリストは真価を示さなければ今後もギタリストという仕事は減っていくでしょう。

新しい時代のテクニックのあり方を常に問いかけなければいけない時代にある、と僕は思います。まだまだ話たりないですが、本日はここまで。

 

読んでくれてありがとう。

僕はこう思う。

Taiyo Haze

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