僕の生活の中では当たり前すぎてこのブログで語り忘れていた事があります。

そう、好きなミュージシャンや楽曲の紹介です。アーサー・C・クラークやクリント・イーストウッドやSF作品は紹介したのになぜか愛すべきミュージシャンについては全く語ってきていませんでした。Pink Floyd、Eric Clapton、Allman Brothers、Jamas Brown、Boston,etc... 数えればキリがありません。僕の音楽だけでなく、彼らの生き方は僕の人生に大きな影響を及ぼし、僕の地肉なっているというのに。灯台下暗し、って事でしょうか。

という事で今回紹介するのは僕に影響を与えたアーティストの中でクラプトンやピンク・フロイド、ビートルズのように多くの人が手垢がつくほど語り尽くしてきたアーティストではなく、唯一無二、孤高の才能と呼ぶに真にふさわしいと思われるレオン・ラッセルというシンガーソングライター、アーティストです。

まぁ検索してもらえればわかると思いますが見た目からしてなんか違いますね。存在感というかなんというか。晩年はとんでもない歌唄いカーネルサンダースという風貌ですw

レオン・ラッセルというキャリア

レオンラッセルのキャリアは地元オクラホマ州タルサのナイトクラブなどでキーボーディストとして始まりました。地元で一躍有名したのがこちらもブルース界の巨匠J.Jケイルとのバンドでした。17の頃にすでに引っ張りだこだったラッセルはジェリー・リー・ルイスの誘いでタルサから旅立ちプロのキャリアを本格的にスタートさせます。その後はデラニー&ボニーなどブルースロックの伝説的なミュージシャンたちともバンドを組みましたが、ここには書ききれないほどのセッションをこなしています。またジョージハリソンが主催した世界初のチャリティーロックコンサートである「バングラデッシュコンサート」でのプレイはロック界の伝説の一コマです。残っている映像がステージが暗く当時のカメラだとうまく撮れてないのが残念だとジョージ・ハリスンの自伝にも著されています。

同時にスタジオワークのキャリアも多くなってきます。ブルースロックのハードな一面からは意外かもしれませんがベンチャーズの「十番街の殺人」「朝日の当たる家」など聞き覚えのあるどこか牧歌的なオルガンを演奏していたりします。特にフィルスペクターがプロデュースする作品によく参加しています。

そして1970年に自信初のソロアルバム「Leon Russell」が発売されました。このアルバムにはカーペンターズ、ダニー・ハサウェイ、ウィリー・ネルソン、レイ・チャールズ等数々の実力派シンガーがカバーした名曲「Song for You」が収録されています。1972年には「Tight Rope」が大ヒットしました。他にも「Super Star」「Masquerade」などの名曲が海外のみならず日本のアーティストにもカバーされています。

ボブディランのプロデュースやローリングストーンズ、エリック・クラプトン等のレコーディングやセッションに参加しその類まれな才能を発揮しました。ここには書ききれませんがロックの歴史を紐解くと必ず彼の楽曲や影響に出会う事になります。

レオン・ラッセルという音楽

日本語で検索してもレオン・ラッセルは上記に記したようなキャリアの表面をなぞるような記事しか見当たりません。あとはスワンプロックというキーワードでしょうか。とはいえスワンプロックとサザンロックの違いもわかりにくいです。ラッセルの出身のオクラホマもテキサス州の上になるので南部と言えなくもないので微妙なところです。スワンプロックのswampというのは日本語では「沼、沼地」という意味です。南部の乾燥した埃っぽさに比べ湿っぽさがある、って事でしょう。しかし、そんな微妙な雰囲気、音の匂いをCDの音源や、ましてMp3等の圧縮音源で聞き分けるのは不可能です。レコード並みの音の解像度がなければ至難の業でしょう。現代のジャンル分けは主に演奏スタイルなどの様式によって行われていますのでこのジャンル分けは少し現代には馴染まないかな、と思います。これは僕の憶測でしかありませんがスワンプロックという言葉が生まれたのは60年代後半の西海岸。ヒッピーとまだドラッグ文化全盛(例えばLSDの仕様はアメリカで68年まで合法で日本では70年に麻薬に指定された)の時代でした。もしかするとトンデ聴いたら明確に違うジャンルなのかもしれませんね。良い子は絶対マネしないでね。

さて、音楽で重要なのはカテゴリー分けや背景や物語の御託を並べるくっちゃべりではありません。まずは音。音に込められるその人の魂。そして、音なのです(大事な事は三度言おう)。

彼の音楽の特徴はアメリカのルーツミュージックに根ざした音楽性にあります。カントリー、ブルース、ジャズ、ロックンロール、ゴスペル、R&B。あらゆるアメリカのルーツミュージックがレオン・ラッセルという個性の元に統合され唯一無二の音楽を構成しています。そして鼻をつまんだようなしゃがれ声で歌う歌唱法は独特です。アメリカの南部のバンド、Allman Brothers Band、Lynrd Skynyrd等のバンドボーカルも同じような歌唱方をする人も多く、アメリカではそこまで独特というわけではありませんがやっぱり日本人にとっては初めはどうも取っ付きにくくクセが強すぎると感じる歌唱方です。何を隠そう始めの僕もさすがにこれはきつい、と敬遠していましたw 歌唱法はアメリカの伝統的でクラシカルなものなのですがレオン・ラッセルは特に独特です。Greg AllmanやRonnie Van Zantらと同じスタイルと言えるのですがその個性は数段上をいきます。ラッセルの声、歌唱法は一聴しただけで判断がつきます。僕は二度ラッセルの来日公演に行っていますが(二度目はラッセルまで1mくらいの位置で観れた。それは人生の宝です)ライブでの音抜けも異常です。あの時すでに70を越えて杖ついてヨロヨロ現れたのですがピアノの前に座って歌い出した瞬間のパワー感は感じたことがない程強烈なものでした。

カントリーの軽快さ、ブルースの憂い、ジャズの粋、ロックンロールのノリ、R&Bのソウル、ゴスペルの壮大さ。レオン・ラッセルの音楽はアメリカルーツ音楽を凝縮しロックへと昇華した音楽と言えます。

先進的過ぎたこの名曲を『stranger in strange land』

百聞は一見にしかず。僕の御託を聞くより彼の音楽を聴いて欲しい。その曲は『stranger in strange land』

最後に僕の好きな曲を紹介して終わりにしたいと思います。この曲は『Leon Russell and the Shelter People』(1971)のアルバムに収録されています。この曲はロバート・A・ハイラインの同名の小説(邦題「異星の客」)からインスパイアされたのではないかと思います。なにせこの小説はヒッピー達のバイブルと言われたSF小説であり、何を隠そう僕も大好きな小説です。辞書みたいに分厚い小説ですが興味ある方は一読の価値がある意義深い小説です。ハインラインとレオンラッセル、僕が好きにならないわけがないですねw

さてこの曲は物悲しいシンプルなピアノの旋律から始まります。このような印象的な物悲しい感じのイントロが独立してあるようなアレンジは「Masquerade」のような曲にも使われていて、メロに入るところで一気にオンマイクなボーカルが入ることで夢から現実に引き戻されたような感覚になります。今では当たり前のアレンジですが、当時のロック界ではプログレッシブロック界隈でそれっぽい事をしていたかもしれませんが、ましてカントリーやサザンロック界隈の人がやるのはかなり珍しかったと思います。この辺りがラッセルの独特な世界観を作り出し、他のブルース、カントリー等のルーツ系ロックミュージシャンと一線を画すところでもあります。

美しく優しい旋律のメロ、ソウルフルなゴスペルちっくなサビ、壮大な物語を語る歌詞。説明するだけ野暮ってもんだと思います。そしてこの曲のハイライトといえば2サビあとのラップパートです。ラップが生まれたのが73年ごろという定説になっていますから当時にはラップという言葉もなかったはずです。もちろんラップの下地になるブラックミュージックはあったのでおそらくラッセルはそちらの文化に触れていたのではないかと思われます。奥さんがスライでコーラスをやっていたアフロアメリカンだという事も影響しているのでしょう。今でこそロックミュージックの途中でラップが入るのはよくある事ですが、僕が知る限りこの楽曲がロックのメインストリームの楽曲では一番早かったのではないかと思います。この名曲があまりカバーされなかったのは当時このパートが難しいかったからではないかと推測していますw  You Tubeでもカバーを殆ど見ません。カバーしてもらえる楽曲って大事だな、と思います。

 

全く雑い説明になってしまいました。でも語り尽くせないのでこれで勘弁してください。

レオン・ラッセル。始めは取っ付きにくさの境地なのですが聴き始めたら止まらない、まさに伝説のスワンプ(沼)シンガーです。

 

読んでくれてありがとう。

僕はこう思う。

Taiyo Haze

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA