1、ネオクラシカル・ベースボールのポリシー

僕にはとりとめのない夢がいくつかあって、その一つが野球の独力リーグを作り、NPBチャンピオンを破って、MLBのワイルドカードの枠を買ってMLBのワールドチャンピオンを破り世界一のチーム、リーグを作る事です。

そのリーグにはいくつか重要なポリシーがあります(暫定)。 

 

0、至福と進化。ネオクラシカル・ベースボールはこれを達成する。

1、選手、スタッフ、球団職員、ファン、携わる人全てが独立不覊の精神を持つ事

2、心と体の健康を追求し己の精神的成長を促す。

3、活動を通じて全ての人が支え合い、互いの生活を保証する。(ベーシックインカム)

4、妥協と惰性を排除する。常に日々進化する至高を追求する。それを文化とする。

 

少し哲学的なとりとめのない話になってしまうけれど、出来るだけ手短に。御託は要らんと思う人は飛ばしてもらっても構いません。

 僕は幸せを享受するには自由が必要だと考えています。経済的自由、社会的自由、欲望からの自由。そして自由を得るには独立が必要です。そんな定式は大人ならばおそらく誰もが知っているでしょう。だけど、独立し自由を謳歌し幸せを享受するにはなぜかものすごいパワーがいります。だから触れようとする人は少ないし、目の前の会社の仕事をこなし、家族を作りそこに安定した幸せを見つける。たしかに僕のように無頼な生き方をしてきた人間には羨ましい。喉から手が出るほど欲しい幸せです。だけど、ネオクラシカル・ベースボールに携わる人間はそれを放棄するのではありません。その幸せに独立と自由と生命の躍動を加える人生を送ってもらいたいと考えています。

 幸せを支えるのは第一に心と体の健康です。どんな億万長者で全ての欲望を手に入れる力があったとしても、心や体が破綻していて人が至福状態へいたる事は不可能です。人間の心や体の健康というのは人のステータス(外的要因)とは関係のないところにあるように思えます。現在のプロ野球選手のように現役引退後(現役の晩年から)ダルマのように丸々と太りだし、太鼓腹を抱え赤ら顔と高級腕時計でユニフォームを着ている姿は美しいとは思えないですし、現代的とも思えません。引退直後から、高血圧や糖尿、痛風の薬を飲みはじめ、その状態で少年少女に何を指導出来るというのか、疑問に思う事もあります。引退直後の野球選手なんてせいぜい40才前後です。これから人間的深みや様々な体験え経て精神的な成長のピークを向かえなければいけないところで体の健康が足を引っ張っている人ばかりではその業界全体の進化は望めせん。ネオクラシカル・ベースボールは心と体の健康を追求します。

 健康を幸福の大黒柱と例えるなら、経済、お金は雨風をしのぐ屋根であり、家の壁です。例えばバンドをやっていてやめる理由の98%くらいはお金です。やめる際色々な理由をこねくり回しますが、本当の天才に出会って自分を諦めたり、才能の限界にたどり着いてやめる人はほんとに稀に思います。その気持ちはすごくわかります。お金の問題で諦めるのは至極真っ当な理由です。決して夢から逃げた残念なやつとは思えません。お金の大事さは血に染みるほど味わいました。独立と自由は野垂れ死のリスクと常に隣り合わせです。

 だからネオクラシカル・ベースボールはベーシックインカムを提供します。この話はあとで詳述しますが、ネオクラシカル・ベースボールは利益をオーナー、選手、スタッフ、職員を問わず、一定の水準まで等しく分配します。それは貢献してくれた年数、額によって将来を保証します。そしてこのベーシックインカムには、未成年には最高水準の教育を受ける権利、大人にも死ぬまで学ぶ権利が含まれます。だから、大人、子供関係なく独立し、後顧の憂いなく挑戦出来ます。ネオクラシカルベースボールは失敗しても帰ってきてやり直せる故郷となります。

そして、もしネオクラシカル・ベースボールが成功し利益を産んだなら、それを維持しなければ至福も進化を成しえません。仮初めの成功を手に入れ、あたかもそれは理にかなった永遠の成功のように財が財ををなす人は毎年何人も出てきます。しかし、30年成功が続く人はごく一部です。足るを知る賢人か、成功よりも進化にフォーカスした文化を確立した偉人かのどちらかのように思えます。ネオクラシカルベースボールは後者の方法論を取ります。ネオクラシカルベースボールの成功は50年以上の長いタームにおいて成されます。それは人が進化し至福の人生をより長く全うする事が一つの単位だからです。人生の冬である臨終の時、子や孫が安心して生きていける世界があってこそ至福は成就し次のステップへ旅立てると考えるなら、1ターム50年でも短いのかもしれません。

 だから、その長きに渡る繁栄を支えるのは組織が進化を続ける文化しかありえません。もし、今最高のものを生み出したなら、それを10年先、20、100年先に照らし合わせるべきです。永遠に至高なものなどこの世界にあった試しがありません。王貞治のホームラン記録もイチローの通算安打数もおそらく僕の生きている間に抜かれる事はなさそうですが、いつか破られる記録です。このままでいいやという妥協や惰性にかまけている余裕は、特にトップランナーであると自負する人間には微塵もありえないはずです。常に至高を目指し進化する文化を育てる。今の所それ以外に繁栄を長続きさせる方法論を人類は知らないように思います。

長くとりとめのないものになりましたが、これがネオクラシカル・ベースボールのポリシーです。

ご一読ありがとうございます。さぁ、次は具体的な話です。

 

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